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スミルノフ教授の日記・過去ログ

2003/03/16 (日)

である調

分担執筆本の依頼原稿には必ず記述要綱というのがあって、医学本の場合、大抵はその冒頭に

・横書き口語体、「である」調とする

と書いてある。さらにその本が、医学生や研修医向けを狙っている場合だと、

・分かりやすく簡潔で短い文章で

なんて書いてある。

これが先生を悩ませ、執筆を遅らせる一因となっている。先生が得意なのは、「ですます」調とギコ調(例:( ゚Д゚)ゴルァ!)であり、しかも、冗長な一文が大好きである。

そこで以下、「である」調を用い、メインコンテンツとされている「スミルノフ教授の日記」にどのような影響を与えるか検討した。

灯台もと暗し

「いやー、『灯台もと暗し』ですよねー」

私は、自分の耳を疑った。2チャンネラーのローリーの口から、そんなまともなことわざが発せられるわけがない。一瞬、それは新しい2チャンネル用語なのだろうと思ってしまった。

「ホントは何て言うんだっけ? 『灯台もとくろす・・』か何かだっけ?」

「先生、何バカなこと言ってんですか。『灯台もと暗し』は『灯台もと暗し』ですよ」

ローリーにバカにされるとは、私も地に堕ちたものだ。このところの2チャンの見過ぎで、どっちが正常な日本語なのか分からなくなっているらしい。執筆業として致命傷である。

しかし、私から自然に発せられた「灯台モトクロス」、これは結構イケル言葉ではないだろうか。私はさっそく、Googleにこの言葉を打ち込み、検索を試みた。

ところが、意に反して想像を絶するヒット率であり、珍しくも何ともない普遍的な言葉であることが判明した。どうやら、同名の有名なバイク関係サイトがあるらしい。その間、「灯台モト冬樹」という言葉も見つけ、愕然とした。自分のボキャブラリーなんて極々平凡なものであることを思い知らされた一日であった。

考察:本来「日記」とは、読者を想定せずに、単に日々の出来事を綴った文章に過ぎない。今回、「である」調を使用したところ、くだらない平凡な日常を綴った、第三者が読んでも面白くない本来の日記の形を取り戻した。このことは、無理やり「ですます」調を使ったり、一人称に「先生」を使ってきたこれまでの「スミルノフ教授の日記」は日記とは言えないことを示唆している。

付記:「灯台もと暗し」という諺は、日本に初めて灯台が建設される前から存在することから、「灯台」とは、岬にある灯台のことではなく、油や蝋燭の灯りをのせる台のことだと考えられている・・・と、最後はいつものインテリぶった先生に戻ってみましたよぉ。

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