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「最強のロックンロール10選」に向けて、先生はまず「ロックンロールと呼ばれる音楽はいかにして発生したか」について勉強したくなりました。すなわちその誕生の歴史です。ただし「誕生の歴史」に長居しているわけにもいきませんので、やっぱりたったの「10選」でまとめます。

バッハから始めるというようなことはしません。ロックンロールの誕生は50年代の初頭だという設定にし、その直前の40年代初頭あたりから始めることにします。また「ロックンロールは黒人音楽由来」という立場に立ち、黒人音楽から始めます。ですから、シナトラとかは省略します。

今回参考にしたのは「英語版ウィキペディア」と先生の宝物である「Rock and Roll Hall of Fame and Museumの公式パンフレット」(上の写真)です。

ロックンロールの発祥には黒人音楽であるブルースが大きな下地になっているのは間違いないでしょう。南部の黒人たちがギターの弾き語りで歌ったカントリーブルース、特にデルタブルースをまず最初にあげておきます。ちょっと唐突ですが、その理由はいずれ後述します。

■ Robert Johnson - Crossroad (1937)
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ブルースは現代でも直接影響を受けたミュージシャンがたくさんいますし、さすがにRobert Johnsonは超有名ですから、皆さんあまり違和感ないんじゃないでしょうか。

ところでその頃北部ではジャズ、ビッグバンドによるスウィングが隆盛を誇っていました。そしてビッグバンドもブルースの影響を受け始めます。たとえばブギウギです。四分音符を三連符に置き換えてその中を抜いたように演奏します。ここではカウントベイシーのブギウギをあげておきましょう。

■ Count Basie Boogies with the Big Band (1940's)
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いかがですか。ブルースコード進行を軽快なブギウギリズムで演奏する。ロックンロールの片鱗を伺わせますが、まだジャズに聞こえますよね。

さて、ジャズがより個人プレーや即興演奏に重点を置くようになり、これじゃあ踊れないということでダンスミュージックの需要が高まっていました。そこでビッグバンドをやってた黒人ミュージシャンたちは、ブルースコード進行の曲をさらにリズムを強調して演奏するようになります。

■ Big Joe Turner - Roll 'Em Pete (1938)
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これはかなり貴重な音源だと思います。でもまだジャズの香りがします。その後、このBig Joe Turnerや、Wynonie Harris、Louis Jordanといったミュージシャンの音楽はその印象的なリズム感からJiveとかJump Bluesと呼ばれるようになります。

■ Wynonie Harris - Good Rockin' Tonight (1948)
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この曲はRoy Brownがオリジナルと思いますが、このWynonie Harrisのもよく知られているようです。このように40年代後半ともなるとJump Bluesはますますそのリズムが強調され(といってもまだブギウギの4拍子ですが)、Rhythm & BluesあるいはBlues & Rhythmなどとも呼ばれ、メジャー化していきます。メジャー化といっても当時のアメリカは、黒人の音楽は黒人が聞き、白人の音楽は白人が聞くという、人種文化の住み分けができていましたから、黒人音楽はrace musicと呼ばれてヒットチャートも別集計でした。さすがにrace(人種)はまずいだろうという話になり、1947年にビルボード誌が正式にRhythm & Bluesチャートと命名しました。これでR&Bという言葉が広く使われるようになりました。

さて、一方白人はどうしていたのかというと、白人によるカントリーといいますか、いわゆるヒルビリー(Hillbilly)のミュージシャンたちも早くからブルースやブギウギの影響を受けていました。

■ DELMORE BROS - FREIGHT TRAIN BOOGIE (1946)
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いかがでしょうか。典型的なカントリーかと思いきや、ブルースコード進行やブギウギのベースラインが登場し、いわゆる白人ロックンロール、ロカビリーの誕生前夜を思わせます。

一般にロックンロールは、黒人ロックンロール誕生に影響されて白人がロックンロールを始めたと思われているようですが、そう単純でもなく、上記のように早くからその影響を受けていた人たちもいたのですね。

ところで先のJump Bluesの世界でも、密かに両者の交流は行われていたようです。たとえばLouis Jordanの以下の曲は、ヒルビリーの音楽家が作曲したと言われているそうです。

■ Louis Jordan - Choo Choo Ch'Boogie (1946)
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これでブギウギリズムを元にさらにバックビートを強調して8ビートとなればもう立派なロックンロールなんですが、それをピアノでやったのがファッツ・ドミノとリトル・リチャードでしょう。ギターでやったのがチャック・ベリー。これにアイク・ターナーを加えた4人が、いわば黒人ロックンロール創成期の四天王といえましょう。

■ Fats Domino - The Fat Man (1949)
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そこでその四天王のひとり、ファッツ・ドミノの最初のヒット曲です。ファッツ・ドミノはその後間違いなくロックンロールスターと呼ばれる存在になりますが、まだそれ以前のJump Blues、R&Bとの区別はよく分かりません。当たり前ですよね。

さて、このあたりで「ロックンロール」の歴史を語る上で欠かせない重要な人物が登場します。アラン・フリードという人物が1951年からクリーブランドのラジオ放送で「これがロックンロールだ!」と叫びながら、このようなR&Bをかけまくったのです。「R&Bは黒人音楽だから白人は聞かない」という根強い先入観を追い払うためにロックンロールという別称で呼んだのではないかという説が有力です。そうしてR&Bという音楽はロックンロールという音楽として白人の若者たちの間に広まっていくことになります。

さあ、いよいよロックンロールの誕生です。一応最初のロックンロールは1951年にメンフィスで録音されたRocket 88であるという説が支持されています。

■ Ike Turner/Jackie Brenston - Rocket 88 (1951)
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これが音楽的にそれ以前のR&Bとどこが違ってロックンロールなのかは難しいところですが、Sam Phillipsがそう言ったから、アラン・フリード登場後だから、MemphisのSun Recording Studioで録音されたから、など様々な思惑が絡んでいることなのでしょう。「歴史とは特定の知の配置である」by フーコー。これは音楽の歴史にも当てはまる言葉かもしれません。

さて、残り2曲となりました。ここでいよいよ白人ロックンローラーの登場です。アラン・フリードがいくらR&Bをロックンロールだ聞けと叫んでも、黒人音楽を白人が聞くことにはまだまだ根強い抵抗がありました。黒人音楽を演奏してくれる白人ミュージシャンが必要だったのです。そこで登場したのがビル・ヘイリーでした。

■ Bill Haley - Rock Around The Clock (1956)
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誰でもご存じの曲ですが、この曲は1955年の映画「暴力教室」に使われ非常に有名になりました。また先生の世代にしてみれば1973年の映画 「アメリカングラフィティ」の曲でもあり、ロックンロールといわれてまず思い浮かべる曲のひとつです。

ビル・ヘイリーはこれ以前にも、R&Bチャートのヒット曲をすぐさまカヴァーしてヒットさせるなど、まさに白人への橋渡しを行った最初のロックンローラーということができると思います。しかし、いかんせんビル・ヘイリーは中年のおじさんなので、若者へのアピール度はいまひとつでした。そこでいよいよ登場したのがあの人です。

■ Elvis Presley - That's All Right Mama (1954)
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ローリングストーン誌の見解では最初のロックンロールはRocket 88ではなく、このプレスリーのThat's All Right Mamaだということになっています。

強大な影響力を持つことになったひとりの若者の登場で、ロックンロールという音楽は50年代後半に花開くこととなります。その後白人としてはジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソン、バディ・ホリーなどが、黒人としてはチャック・ベリー、リトル・リチャードなどがしのぎを削ることとなります。

このようにロックンロールは、誰かが「よーし今日からロックンロールという音楽をやるぞ」と宣言して始めたわけではありません。様々な音楽を背景として、いろんな場所からいろんな経緯で発生してきたわけであり、それをある時点で振り返って「これがロックンロールだ」と定義するわけです。世の中には初期R&Bやロックンロール、ロカビリーなどに、それはそれはたいへん詳しい方がたくさんいらっしゃり、詳しい解説サイトもあまたあります。あれが入ってないとか、ここが違うとか、いろいろご意見もございましょうが、ご指摘いただけると幸いです。

以下、たぶん「最強のロックンロール10選」までにはあと2つぐらい余計なクソエントリーを書く予定です。ではまた。

続編その1:■お前ら、これがロックンロールだろ!(黄金の50年代10選)

続編その2:■ロックンロールなんて1960年には既に死んでたんだよ

参考:まとめリンク:最強のロックンロール・ソング10選 - 音楽中心日記blog

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Comments

Andy@音楽観察者 | 2008/05/26 21:57
素晴らしい。非常にわかりやすく、かつ楽しいロックンロール誕生までの歴史的変遷ですね。続きを楽しみに待ちます。「クソエントリー」などとおっしゃらず。
なお、ルイ・ジョーダン以降のYouTube映像、うまく貼り付けられていないように思います。タイトルのリンクからだときちんと見られますが…。
Andy@音楽観察者 | 2008/05/26 21:59
あ、今再度トライしたらうまく見られました。失礼しました。こちらのシステムがうまく動かなかっただけのようです、申し訳ない。
やまお | 2008/05/26 23:20
さすが教授。神の技ですね。
RR10選ではおとなしくしてると思ったらこんな超大作を準備してたとは。
これがレココレの特集でもおかしくないくらいのHQっす。続き、すっげー楽しみにしてます。

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