私たちは空港のロビーで搭乗案内がアナウンスされるのを待っていた。
「先生、俺ちょっと一服してきます。」
連れはそういって喫煙所に向かって立ち去ったが、1分もしないうちに帰ってきた。
「ずいぶん早いな。もう吸ってきたのか?」
「違うんですよ先生。若乃○がいたんです。」
「若乃○?」
「そうなんですよ。喫煙所で煙草吸ってるんですよ。先生も一緒に見に行きませんか?」
できたばかりの羽田の第2ターミナル。時代を反映して喫煙所も狭くなっている。しかし、そのど真ん中で若乃○こと○田勝は悠々と煙草を楽しんでいた。
ただでさえ狭い部屋であるのだが、どうやらうわさを聞きつけたらしいスモーカーで溢れかえっていた。ほとんどが中年オヤジのビジネス客である。若乃○目当てであるのは明らかであったが、みんな若乃○には気づいていないふりをしていた。煙草を燻らせながら時々横目で若乃○の方に目をやるというしだいである。若乃○が出て行くと、お互いに知らない相手であることには構わずに、誰も彼もが口を開きだした。
「いやー、大きくないですねー」
「相撲取りには見えませんねー」
「あの身体で横綱はってらしたんだねー」
現在の若乃○に対する世間一般の評価といえば、まじめに親方やってればいいものを、何を勘違いしたのか廃業して芸能界入りしちまったチャラチャラしてダメな奴、といったところだと思うけど、実物を目のあたりにしてしまった冴えない中年企業戦士たちは、あんな小さな身体で横綱を張り続けていたということへの畏敬の念が先立ち、なんだかみんな感動してしまって、「はってらしたんだねー」などと敬語を使って賛美しまくったのであった。
若乃○様は宮崎に向かって旅立たれた。


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