とんでもない 俺は信じないよ
あんたは愛の意味を理解したとかいってる
「愛こそはすべて」なんていってる
自分の愛で すべての愚か者や嫌われ者を変えられるという
たぶんあんたは頭のネジがゆるんでるんだろうよ
地獄の研修から帰ってきた音楽ブログ界の勇者、音楽中心日記のAndyさんによる少し前の記事。僕がフランク・ザッパに関して日本一造詣が深い方と勝手に思っているAndyさんが、70年の作品「Oh No」について自らの素晴らしい邦訳とともに解説されています。
さて、これを読んだsuemeは、「愛こそはすべて」という言葉に目を奪われてしまい、SueMe SubLogにて、これはジョン・レノンに対する皮肉なのだろうという誠に軽率で単純な解釈をしてしまいました。そして、それにしてはザッパとレノンの仲が悪かったという噂は聞いたことがない、と混乱に陥ります。
これに対して、ご丁寧にもAndyさんご本人から、解説のコメントをいただきました。
「Oh No」での攻撃対象は、ジョン・レノンというより「当時の風潮」だったのではないかなあと思います。「愛」を連呼して「ドラッグでハッピー」みたいなヒッピーがザッパは大嫌いだったので。それに当時のジョン・レノンは、いま言われてるような「愛と平和の人」というより「過激な活動家」でしょうから、ザッパはむしろシンパシーを持っていたと思います。ちなみにザッパは後年、TV伝道師を徹底的に茶化し攻撃しますが、これも「宗教」そのものでなく「宗教(愛)の名を借りて思いあがる人々」を攻撃していたわけで、見事に一貫しています。
今年の僕の初エントリーは、PEACE BED アメリカVSジョン・レノンから始まりました。ニクソン率いるアメリカ政府が、その名こそはっきりとは口にはしませんが、半ば公然とジョン・レノンを危険視するところから映画は始まります。
日本人はとかくキリスト教に隣人愛や博愛主義というイメージを抱いてしまいますが、実際には、ナザレのイエス自身はそのような人ではなかったといいます。ナザレのイエスは、形式主義に陥ったユダヤ教の上層部、または時の支配者ローマ帝国に対する反抗者であったと解釈する学者が多いようです。そのような解釈の上での新約聖書の中の実際のイエスは、アイロニーに満ちた、もって回ったような言い方をする、ときに過激な行動をする男です。
これは全く僕の勝手な印象なのですが、ジョン・レノンがユーモアと皮肉に満ちた発言を得意とした饒舌な男であったこと、ベッド・ピース・ヘア・ピースが、死後に表象としてのラブ&ピースとして様々な人に語り継がれ、利用されていったことで、僕はときどきイエスとジョンのイメージが重なることがあるのです。
ジョン・レノビッチ

Comments
ナザレのイエスとジョンのイメージが重なるというご意見、思わずぽんとひざを打ってしまいました。人の評価というのは結局、同時代の人ではなく、後の人が決めてしまうものなのでしょうね。
あ、僕のような半可通が「フランク・ザッパに関して日本一造詣が深い」なんておそれおおいです。ほんとに造詣が深い人々から総攻撃を受けそうで、こんなに寒いのに冷汗が…。
Andyさんは僕とスミルノフ教授にとってはアルファです。過酷な研修お疲れ様でした。また更新の再開を楽しみにしております。