先日、床屋に行った。「いつものように短くしますね」と言われたので、いつものように軽くうなずいた。しかし、いつもに増してバリカンが後頭部の皮膚に強く当たる。おいおい、なんかいつもと違うんじゃねーか、ひょっとしたら俺、坊主にされてんじゃねーべか。
「はい、じゃあ一度長さを確認してください」
床屋はそういって俺の後頭部を手鏡に映した。俺は目の前の鏡に映るその手鏡の鏡像を見る。おや、なんてことだ、頭頂部以外はほとんど坊主じゃねーか……。
ま、短い髪は手間がかからないし、シャンプーも少なくて済むし、乾くのも早い。別に髪が短くて困ることはないのでそれはいいのだが、そのおかげであらわになった後頭部の傷跡と何年かぶりで対面することとなり、俺はしばし感慨に耽ることになった。

この傷は俺が3歳のときに負ったものだ。当時、俺の家の前には収穫した作物の重さを量る巨大な秤がいくつかあり、その上は子どもたちの格好の遊び場となっていた。秤と秤の間は1-2メートルほど離れており、子どもたちはその間を飛んで次々と移動するのが何よりの楽しみだった。
この秤の実際の高さは、母親に聞くと50センチぐらいだと言うし、父親に聞くと1メートルはあったと言う。大人の記憶もいいかげんなものだと思ったが、当然子どもの俺にしてみれば2メートルも3メートルもあったように記憶していた。
3歳の俺にはまだ秤から秤へと飛び移ることは無理だった。秤の端に立って地面を見下ろすと、恐怖で足がすくんだ。楽しそうに飛び移る小学生たちを見て、毎日羨ましい気持ちでいっぱいだった。どうせ小学生になったら俺も飛び移れるようになるさ、と俺が実際に考えていたかどうかは定かではないが、きっとそう思いながら指をくわえて見ている日々が続いた。
ところがある日、目の前の小学生が隣の秤に飛び移った瞬間、それは本当に突然のことだったのだけれど、「俺は今日から飛べるようになっている」という考えが頭に浮かんだ。間違いない、今日は飛べる。それは3歳児に対する神のお告げであった。今から考えるとそれは神ではなく悪魔だったのかもしれない。
昨日まで秤の端に立つだけで恐怖で足がすくんでいた3歳児は、何のためらいもなく隣の秤に向かって飛び出した。
俺は確かに飛んだ。飛んだと思う。しかし、次の瞬間、俺の視界に入ったものは青空だった。そう、俺は秤の隙間の地面に、仰向けで倒れていたのだ。ひょっとするとこれは一大事なんじゃないだろうか。急に不安になってきた。近くで母親が近所のおばさんと話しているのが聞こえる。俺はこの一大事を早く伝えなければいけないと思い、渾身の力で大声をあげた。はたから見れば秤から落ちた3歳児が泣き叫んでいるように見えたことであろう。すぐに秤の隙間から覗く母親とおばさんの顔が見えた。
次の俺の記憶は病院のシーンへと飛ぶ。母親に抱きかかえられたこととか、車で運ばれたことなどの記憶は全くない。大人が大勢寄ってたかって俺をうつぶせに押さえつけ、俺の後頭部をいじっている。そのときの、何か得体の知れないことをされているという恐怖感は鮮明に覚えている。大人たちが3歳児を押さえつけて処置をしているところを天井から見ているというシーンも頭の中にあるのだが、これはおそらく後年になってから形成されたものだと思う。なぜなら、後述するが、この時点ではこの3歳児はまだ自分の姿を客観的にイメージする能力を獲得していなかったからである。

改めて今その傷を観察してみると、おそらく相当太い絹糸で少なくとも2ヶ所縫合をしたのだということが分かった。
皆さん、こんばんは。ごきげんいかがですか。以上が先生に残された自分にまつわる最古の記憶です。自分の一番古い記憶というものを尋ねると、3歳とか4歳とか答える人が多いですから、世界的な先生でさえもやはり人の子なのであり、三島由紀夫のような天才には遠く及ばないのだということが分かります。
ところで、この出来事のすぐ後、先生は、今まさに自分を客観的に見れるようになった瞬間というものを覚えています。熱があるような気がして体温計を自分で脇に挟んだ瞬間でした。そのとき、脇に体温計を挟んでいる自分が、まるで映画のスクリーンを見るかのように脳裏に映ったのです。これは衝撃的な体験でした。おそらくこのときにはっきりと自我が芽生え、そして同時に胎生期や生まれた瞬間の記憶を無くしたのではないかと考えています。
雑感:髪も短くしちまったし睡眠時間も最近少ねえ。HAIR PEACE BED PEACEの精神に反しているなあ。














Comments