動物行動学・人間比較行動学の小林教授の著書であるが、こんな教授が実在するなんて、先生はもう完敗だ(スミルノフ教授なんてのを無理して演じているのがばかばかしくなってきた)。捕まえたり保護した野生動物を「教授が喜ぶ」といって持ってくる学生たちと、それから始まる騒動を中心にしたエッセイ集。それだけでいかに学生たちに慕われているかが想像できる。文章は軽快で、まるでユーモア系のテキストサイトのようだ(ところどころ太字なのがフォントいじりを連想させる)。
小林教授の思索の対象は動物に終わらず、その動物に対する学生たちや教授自身の反応・感情にも及ぶ。なんと自分自身も研究対象なのだ。そうしていつのまにか動物行動学が自然と人間行動学に発展していることに気づかされるのである。
もし先生が今高校生なら、ぜひともこの大学を目指したい。いや、全国の教授と呼ばれてる人たちこそぜひ読むべきだ。全国の教授諸君、君たちはまだ少年の心を失わずに保っているかい?
さて、話がまた「うんこ臭」に戻って申し訳ない。これまで先生は「うんこ臭」に対してどうしても生理学的なアプローチをしてしまいがちだったけど、小林教授が動物行動学・人間行動学的に考察するとこうなる。長い引用にはいささか罪悪感がつきまとうが、ぜひ皆さんに読んでいただきたいという熱意の表れということでご容赦願いたい。
余談になるが、「臭い」というのは、あくまでわれわれの脳がつくり出した感覚にすぎない。たとえば糞を餌にする糞虫にとってはそれは「臭い」ことはない。ではなぜわれわれの脳は、糞から発散する物質を鼻の感覚器で受けとると「臭い」という感覚を生み出すのであろうか。
それは、「臭い」という感覚が生じることが、われわれの生存に有利だからである。というのは、糞の中には、われわれが吸収すると病気になるような病原菌がたくさん含まれているからである。だから、糞からわれわれを遠ざけるような感覚を生み出すことが得策なのである。
体内の水分が不足すると「のどが渇いた」という感覚が発生し、それによってわれわれは水分を飲もうとする行為に移るのと同じことである。
そんなことを考えながら、糞尿の掃除をすると、臭さがそれほど不快ではなくなる。一度、試していただきたい。
参考リンク:
■鳥取環境大学・環境政策学科教員一覧
■中日新聞・東京新聞 書評『 先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』 小林 朋道 生物に魅せられる学生たち
■動物との珍事件紹介☆小林朋道さん-マイタウン鳥取



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