2008/03/16 日
国語研の言葉の言い換えなど無駄だと書いた。
「語の意味とは、言語のなかでのその使用である。」(ウィトゲンシュタイン)
言葉には言葉そのものの意味など最初からなく、意味とはその言葉の「使用」そのものである。すなわち、いくら第三者的な立場でとはいえ、いや第三者的立場だからこそ、それによる言葉の定義など無駄なのだ。
「地デジ」が分からない。誰か説明してくれ。ただし、それを説明するために使用するであろう言葉、「地上波」とか「電波」とかの本来の意味を、あなたは理解しているだろうか。そもそも私には「電波」どころか、「電気」が何かさえも上手く理解できていない。説明する人は説明する前に「地上波」「電波」「電気」の第三者的な定義を確認するだろうか。いいやそうではない。人はその言葉の「使用」ができて会話が成り立つとき、その言葉を理解したと誤解するのだ。
だから……いや、もうやめておこう。同じ話題を繰り返すのは。なぜなら、
「凡庸な物書きが気をつけるべきことは、不正確な生の表現を、正確な表現に慌てて置き換えない事である。」(ウィトゲンシュタイン)

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