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1974年の中日ドラゴンズの優勝は中学1年生だった私には忘れられない衝撃でした。別に私は巨人ファンだったわけではありません。なんせ、それまで巨人は9連覇していたわけです。つまり、私が物心ついてから小学生時代はずぅっと巨人が優勝し続けていたわけです。それは理屈で説明されるべきことではなく、家の中では靴を脱ぐことが、メシを食べるときには箸を持つことが当たり前であるのと同じレベルで、巨人が優勝するということが当たり前だったのです。

それがなんと、ライバル球団阪神タイガースならまだしも、道民にはほとんど馴染みの薄い中日ドラゴンズだとかいう球団が優勝をさらってしまったわけです。もうほんとうに信じられませんでした。どれくらい信じられなかったかというと、まるでテレビのニュースや新聞の記事が絵空事であるかのような錯覚を感じるほどでした。

そんな中で、板東英二さんの歌う燃えよドラゴンズは大ヒットしていました。これも球団の選手名が次々に歌い上げられるという点が画期的でした。中日ドラゴンズを全く知らなかった中学1年生の間でも、自然と口ずさむ男子が多くなっていきました。

「1番高木が塁に出てー、2番……」

ところが誰もがそこでつまづきました。さすがに「1番高木」は覚えたのですが、前述のように北海道の子どもは巨人の選手の名前しか知りませんでした。阪神タイガースなら少し分かるという奴はいました。でも、馴染みの薄い中日ドラゴンズの、しかも地味な2番バッターの名前なんて、出てくるはずがなかったのです。しょうがない、あきらめの境地で中学生たちは続けました。

「1番高木が塁に出てー、2番高木が塁に出てー」

今では皆さんご存知のように、1番高木は、ファーボールを選んだのかどうかは定かではありませんが、とにかく理想的な1番バッターとして何だか分からないけどまず塁に出ます。そして2番谷木が送りバント。ワンナウト2塁から3番井上がタイムリーを打ちます。続いて4番マーチンがツーランホームラン、ここまでまだワンナウトなのに3点を取るという流れのよい攻撃が続きます。マーチンがホームラン打つのなら、谷木の送りバントは何だったのか、という気もしないでもありませんが、とにかくドラゴンズファンならもうノリノリの状態のはずです。

でも僕らはまだ「塁に出る高木」しか覚えていませんでした。

「3番高木が塁に出てー、4番高木が塁に出てー」

「おい、高木しかいないんだったら、ドラゴンズとはいえないんじゃないか?」

「そうだそうだ、そんなのドラゴンズじゃねえ、タカギンズだ」

タカギンズは恐ろしい球団です。タカギンズにはホームランのような破壊力も無ければ、送りバントのような知恵もありません。ただひたすら黙々と、どのような理由か分からぬままに高木守道が塁に出続けます。ピッチャーにはなすすべがありません。永遠に塁は高木守道で埋まったままで永遠に点が入り続けます。永遠に攻撃が続くのに、不思議とドラゴンズファンで埋まったスタンドは静けさに包まれています。

僕らは意気揚々と大合唱をしながら家路につきました。「1番高木が塁に出てー、2番高木が塁に出てー、3番高木が塁に出てー、4番高木が塁に出てー、いいぞ、ガンバレ、タカギンズー、燃ーえよタカギンズー」

以上は実話です。僕の中学校では「燃えよタカギンズ」が大ブームになりました。ちょうど中学生ぐらいが喜びそうなレベルのギャグです。

なんで今ごろこんな話を思い出したかと言うと、サムライジャパンを見ていたからです。1番青木、2番中島、3番イチローというラインナップを見て、タカギンズみたいだなーと。

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