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あけましておめでとうございます。もうずいぶんと前のことになってしまいますが、みなさんは年越しをどのように過ごされたでしょうか。先生は何年ぶりかで、いや何十年ぶりかで紅白歌合戦をほぼ最初から最後までまじめに見ました。どうしてかというとマーティ・フリードマンさんが、国を代表するミュージシャンたちがジャンルを超えて一堂に会するショーなんて世界広しといえども日本にしかないのだからこれは見なきゃダメだ、とおっしゃっていたからです。そのマーティさんは前回石川さゆりの後ろでご自分の音楽を貫いておられましたが、今回はギタリスト枠をローリーに譲ったようで出演なさらず残念に思いました。念のために申し添えておきますが、もちろんここでいうローリーとはギタリストのローリー、すなわちROLLYこと寺西一雄さんのことであって、このブログで先生がよくネタにする教え子ローリーのことではありません。全くばかばかしい話ですが、先生の教え子のほうのローリーは、ROLLYとの混同を避けるため自分ではわざわざRORRYと表記します。

先生は紅白歌合戦がこんなにおもしろいとは、食わず嫌いだったのだなあと反省しました。先生としては、森進一が昔の歌唱法で歌ってるなあとか、細かい部分でおもしろい点がいくつもあったのですが、それをいちいち伝えようとここで書くのも疲れますので、とても一般的に、感動的だ圧巻だと評判だったトリのドリカムについてまず語ろうと思います。しかし期待はしないでください。ドリカム論ではありません。それをただ話のとっかかりとして、当てもなくだらだらと連想するままに、まとまりも主旨も結論もオチも全くない文章を書き連ねようという試みです。続きを読む>>をクリックしても、其処はおそらくあなたにとっておもしろい話でも有益な話でもないでしょう。

みなさんはドリカム吉田美和の、「その先へ」のクライマックスで、「みんなもうたえ!」とシャウトしたあとの、「みんなの大好きな人に届くように、もう、もう会えない人にも届くように」というアドリブに感動したのではないでしょうか。先生もここで、ああ吉田美和はもう完全に立ち直ったのだなと思いました。なぜなら、この言葉がみんなに向けられたということは、会いたくてももう会えない人は自分だけではなくみんなにもいるのだということを了解したことになります。大好きだった人との、もう二度と会えない別れの悲しみは、誰でも体験することだということです。つまり個人の悲しみというものは、そうしてその個人から飛び出し、共有され普遍化されることで癒されるものなのです。

と書いた直後にいうのもなんだが(ここで急に文体が変わる)、私はなんて生意気なことを書いてるのだろう。これではまるでメタりまくって分かったようなこと書いてテキトーな新書出してる社会学者や心理学者や自称精神科医と同じではないか。そういえば最近内田樹先生の日本辺境論を読んだ。いや別に内田先生がテキトーっていってるわけじゃない。ちなみに香山リカは全く読んだことがない。いや香山先生がテキトーっていってるわけでもない。

まーとにかく、そんな屁理屈こいたこと書いてたら、「こころ」に登場する奥さんに「議論はいやよ。よく男の人は議論だけなさるのね、面白そうに。空の盃でよくああ飽きずに献酬が出来ると思いますわ」と笑われるだろう。

私はドリカムに心酔しているわけではない。初めて聞いたのはレコード屋で偶然流れていた「LAT.43°N」だった。このときは、これは歌謡曲だと思った。また男2女1という後にドリカム状態と呼ばれるようになるこの形態は、スウィング・アウト・シスターのパクリだと思った。サウンド的にもスウィング・アウト・シスターを代表とする当時のアーバン・ポップスの影響を強く感じた。道産子3分の2のこのバンドを、同じ道産子として私も応援したいと思ったが、正直にいって売れるとは思えなかった。

私の予想に反して、それは私に見る目がないということなのだが、ドリカムはスターになった。初期からの熱心なファンにすれば当たり前なのかもしれないが、明らかにアース・ウィンド&ファイアーをパクッている曲を聞いたり、ライブでシェリル・リンを楽しそうにカヴァーしてるのを見たりしたことで、吉田美和の根底がブラック・ミュージックであることにやっと気づいた。しかし「LAT.43°N」では明らかにソウルフルな歌唱法を抑えていたと思う。おそらく当時、ソウルっぽく歌うこととヒットすることは相反すると考えられていたのだろう。スターダムにのし上がるにつれ、彼女は本領を発揮し始める。ソウルを歌う日本人の女性歌手はそれまでにもいたが、それはヒットチャートとは無縁の音楽通が聞く音楽だった。今は明らかに黒人音楽の影響を受けた女性歌手がヒットチャートを賑わすようになった。そのパイオニアはやはり吉田美和であろう。

というようなことをまじめに書いてますと、あれ? 先生ったらやっぱり吉田美和が好きなんじゃないの? という疑念をみなさん抱かれることでしょう(また文体が戻ります)。それは違います。だって先生はドリカムのCDを一枚も持っていません。唯一買ったのは「MISIA + DCT」だけです。どちらかというと先生の吉田美和さんへの憧れは間接的なものなのです。どういうことかというと、それは吉田美和さんと共演する人誰もが腹の底から楽しそうにしているのを見るのが好きなのです。「MISIA + DCT」をどうして買ったかというと、普段はクールな雰囲気のミーシャが、このCDのジャケットの中では美和さんの隣で、無邪気でワクワクしている様子をさらけ出しており、その姿がとても羨ましかったからなのです。あのミーシャでさえ、吉田美和の前ではデレデレになってしまう、その姿を通して先生は畏敬の念を抱くようになります。高橋尚子の前に出た野口みずきは真っ赤な顔をしてはにかんだ笑顔を見せます。先生はその様子を見て高橋尚子も野口みずきも好きになりました。

ミーシャ以外にも、絢香が、クリスタル・ケイが、一青窈が、ドリしようで満面の笑みを見せます。和田アキ子なんて今回の紅白は自分が歌うというよりも、ドリカムを最も近い位置で聞きたいがために出たようなもんじゃないでしょうか。さらにファジーコントロールの面々が、そして誰よりも、自分の一生をひとりの女性歌手に捧げた中村さんの演奏中の笑顔が、先生は妬ましくさえもあります。

(再び文体変更)さて、人は自分の知り合いを6人以上介すと世界中の人々と間接的な知り合いになれるという仮説がある(六次の隔たり - Wikipedia)。北海道に住んでいると、だいたい知り合いの知り合いぐらいで吉田美和にたどり着く。帯広柏葉高校かあ。高校時代から目立つ人で、東京に出て絶対成功すると言ってたらしい。私の井蛙の見かもしれないが、北海道の中でも帯広出身の女性は明るくて華があるような気がする。

帯広柏葉高校といえばもうひとり、中島みゆきという偉大な道産子ミュージシャンがいる。私は中島みゆきとなるともっと疎く、本当に申し訳ないことだがオールナイトニッポンの印象しかない。ところが先日BS熱中夜話という番組を見て驚いた。BS熱中夜話はその道のオタクが集まってああでもないこうでもないとウンチクを語り合う番組である。ガンダムとかウルトラマンとかいうのがありがちなテーマであるが、その日は中島みゆきがテーマだった。中島みゆきがそういうウンチクを語り合う対象に成り得るのだろうかと無知な私は疑念を抱いた。しかも中島みゆき特集は2回に分けて放送された。2回目は中島みゆきの「夜会」がテーマであった。私はこのとき初めて夜会というものを知った。だいたい全く初めて聞く言葉であったので、夜会が何かを言葉で説明されてもそれが何なのか実感としては全く理解できなかった。しかし、もちろんダイジェストではあるが、その「夜会」そのものを見ていくうちに、何となく中島みゆきが目指しているものが分かってきたような気になり、これは想像以上に奥深いものであることを予感させた。やばい、やばい、これで夜会のDVDなんて見出したりしたら相当やばい、私は中島みゆきにはまるわけにはいかないのだ。中島みゆきになると、知り合いの知り合いですまなくなる。私には中島みゆきの弟さんと友達だという知り合いがたくさんいる。

出演者もツワモノぞろいであった。歌詞の解釈から夜会の比喩表現の解釈まで、なるほどこれはたしかにウンチクを語り得る世界がそこにあるということは十分納得させられてしまった。中でも、出演者の何人かがオールナイトニッポンで葉書を読まれたことがあり、番組ではその音源までをも流すという周到ぶりであった。

ある女性は、釣り好きの夫のせいで3人のお子さんがすべて魚にまつわる名前であることを書いた。その葉書を読み終えた中島みゆきは、いやいや、これはもう次はマグロしかないんじゃない?と北海道人らしく下品に(褒め言葉)笑った。その女性は、みゆきさんは意外に意地悪な性格だと思ったと述べたが、北海道人からすれば中島みゆきのこの反応は当然だといわざるをえない。北海道では意地悪な口をきくのが礼儀なのだ。髪が薄くなった男性と会えば、それが初対面の人であっても、あらあら苦労しちゃって、と言って親しみをこめるのが北海道流である。

このエントリーは予定どおり進んでいます。当てもなく書き続けるという当初の予定を遂行しているのです。以上のように、先生は、ハードロックのことでもなく、プログレシブロックのことでもなく、ジャズのことでもなく、なんと吉田美和と中島みゆきという十勝地方が生んだ偉大なニュージシャンについて考えながら、年を越してしまいました。そういうわけかどうか分かりませんが、先生の初夢は、なんと先生がドリカムに加入するという夢でした。そうしてPVで、ドリカムがドリカム状態に戻りました、って先生が言うんです。

夢からさめた先生は、トラとミミに会うべく札幌を経って旭川に向かいました。車の中には、突然聞きたくなったドリカム、は持っていないので、スウィング・アウト・シスターと、まあそれと同じ時代の音楽ということになりますが、先生の大好きなスチュワート&ガスキンのCDを持ち込みました。スウィング・アウト・シスターは、もちろんBrakeoutを聞きたかったので、デビューアルバムのIt's Better To Travel('86)を探したのですが見つからず、代わりに見つかったのはKaleidoscope World('89)でした。よくよく考えたら、先生はIt's Better To Travelをレコードで買ったことを思い出しました。つまりこの86年から89年の間に、先生は音楽ソースをレコードからCDに切り替えたのです。先生はしばし感慨にふけりました。

どうせ80年代の薄っぺらなサウンドだろうと期待はしていませんでした。旭川までのほんのいっときの暇つぶしです。ところが、これは今聞いても意外によい出来栄えのアルバムだと感じました。特にシングルカットされたWaiting GameはBrakeoutに勝とも劣らない上質のポップスです。

YouTube - Swing Out Sister - Waiting Game
スウィング・アウト・シスター

まずイントロを聞いてびっくりしました。先生はこれからChoo Choo TRAINが始まるのかと思いました。しまむら君にこのことを話したら、どっちのChoo Choo TRAINですかって聞かれました。そういう問題じゃないんだよ。ちなみにZOOのChoo Choo TRAINが91年ですから、パクッてるとしたら中西圭三の方ですね。

ところでこのスウィング・アウト・シスターのPVをご覧になるとお分かりかと思いますが、この時点ですでに男ひとりが抜けて、男女のデュオグループとなっています。そういえばドリカムも、そしてELTも。やはり、男2女という構造は不安定で、男-女のスチュワート・ガスキン状態(ユーリズミックス状態またはトワエモア状態ともいう)に落ち着くものなのでしょうか。水だと・OH(ヒドロキシラジカル)よりH2Oの方が安定なんだけど。

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Comments

ふう | 2010/01/09 21:57
先生と同じような年末を過ごせて光栄です。
小学校から中島みゆきさんのファンで、おそれおおくも似ていると言われてきました。
黒部ダムでの熱唱は忘れられません。

ドリカムは大学時代からファンで、特に「難破船のモンキーガール」「モンキーガール 豪華客船の旅」が大好きです。

91年のchoo choo TRAINは スキー場でよく流れていましたね。

今年もよい年でありますように!
 
breakwater | 2010/01/10 21:59
わーい、ローリーさんが出てきた!
今年も春から縁起がいいです。

吉田美和といえば、
私はICUのベッドにて枕元のFMから流れる『何度でも』を聞いて泣きましたよ。吉田美和は病人の気持ちが何でこんなにわかるの?と驚きましたよ。
yanashin | 2010/01/10 21:59
教授お久しぶりです。
年末はダイナマイトを見ておりました・・。イギリスのドリカム、S・O・S!。私もタワーレコードでLPをゲットしていました。同時期にThe Style Councilもハマッっていました。英語の発音がちょっと違うな~と思っていたような。
 当時高校3年でラグビー部だったのですが、試合に負けて帰るときウォークマンから、いつもなぜか『Surrender』が流れてきていました。
スミルノフ | 2010/01/12 12:03
>ふうさん 紅白もあと一歩工夫すればまたかつての輝きを取り戻すと思いました。いや、そのあと一工夫はNHKにではなく我々視聴者側に必要なのかもしれませんが。ほんとうのこというと、先生はドリカムも中島みゆきも全然わからないので、このエントリーを書くのには少々抵抗があったのは事実です。
>breakwaterさん ローリーファンがまだいらっsたったとは! しかし先生にはもうローリーネタは書けません。無理やり蔵出しするか、それともわざわざ再会に出向くかしなければなりません。「何度でも」という曲は申し訳ないことに存じ上げないのですが、彼女のダンナさんの病気の後の曲でしょうか。時期的に微妙ですよね。どちらにしても人を惹きつける才能を持った方が羨ましいです。
>yanashin それはまだシンセシンセしているBrakeoutの次の曲ですね。yanashinがSOSを聞いていたとは意外です。ダイナマイトについてはまたどこかで君と語り合いたいのですが、今回はどうだったのでしょう。石井も泉もちょっと総合をナメてないでしょうか。青木とかはよかったけど、大晦日のゴールデンで流すのとはちょっと違うと思いました。かつてのプライドヘビー級のように、まさにここで勝ったものが世界最強なんだと誰もが納得する大会はもう開かれないのでしょうか。
Nader.com | 2010/02/09 20:10
教授、お久しぶりです。僕は吉田美和さんと高校時代に同級生でしたよ。おまけに同じポピュラー音楽研究部(略してP研)でしたよ。でも一緒に演奏したことはありません。高校卒業後数年たってから同級生が「夜のヒットスタジオ」に出演しているのを見つけてぶったまげました。プチ自慢終わり。
スミルノフ | 2010/02/10 11:17
わーい、知り合いの知り合いどころか、後輩の同級生でたどり着いた!

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