これに行ってきたところです。昨年の「小樽ちまちま文豪展」のパワーアップヴァージョンのようです。昨年はちょうど北海道に帰国したばかりでゴタゴタもあり行けませんでした。
で、通常ならばここで写真とかアップして、行ってきました素晴らしかったです、とか書くところなのでしょうけど、それじゃなんだか今ハヤリの「ブログ」ってやつみたいで、先生はちょっと気恥ずかしいし、だいいち面倒じゃありませんか。「小樽ちまちま文豪展」とか「ちまちま小樽文壇史」でググってください。レポートしてるブログがたくさん出てきますから。終わり。
ところが家に帰ってきてソファで夕刊を広げてると、こんなニュースが先生の目に飛び込んできました。

先生は驚きました。だってたった今、愛する「瀧ちゃん」へ書いた手紙を読み直す小林多喜二を見てきたばっかりなのだから。これは何か運命的なものを感じずにはいられません。だから今、先生は書いています。

瀧ちゃんへ書いた手紙を読みながら幸福感に浸っている小林多喜二です。小林多喜二は一般的なイメージとは裏腹に、よく話す明るい人物だったそうです。高山美香さんの真骨頂は、その人物の日常的な一面を鋭く切り取るところにあるのでしょう。作家の内面の奥深くに入り込むのではなく、高山さんは近所の知り合いになりきって「小林さーん」と訪れてふすまを開けているのです。するとちょうどそこには幸福感に浸った小林さんが居たのですね。

手紙をよく見るとやはり「ねえ瀧ちゃん」で始まる手紙です。これから畳の上に置かれたその封筒に入れて投函されるのでしょう。ディテールへのこだわりにも心をくすぐられます。

というわけで、今回の展示では伊藤整の日本文壇史のミニチュアが出迎えてくれます。猫もよく登場します。右側の猫の耳がかけているのが残念でした。


1時間に30本のタバコを吸う芥川龍之介。タバコは吸殻をほぐして材料にするそうです。本も古本の紙を素材に作るそうです。

奥さんが猫好きの大佛次郎、飼っていいのは定員15匹までだと決めたそうですが、実際には16匹、奥さんによると1匹は「お客さん」だそうです。

実際にこの目で見たかった、代表作の伊藤整です。

整理魔・伊藤整が愛用したすぐに目当ての封筒が見つかる回転棚、これは本の編集者の方が作られたそうです。文学館の奥に行くと、本物が展示されていてびっくりします。

整理用の封筒には向きが逆になってもすぐ分かるように二ヶ所に項目を書きます。それから新聞記事を切り取るための愛用のハサミ。そこまで再現するか。

愛用の「ニコン」のカメラ。その向こうには漱石に関するある発見をし、ふっふっふと笑みを浮かべる伊藤整がいます。

基本的に頭に動物のっけるのお好きなようです。
高山さんは写真やその人に関する記述を参考にするそうです。「肖像画」はウソであることが多いので、本人であるという裏付けがないかぎり参考にしないそうです。
そこで問題となるのが西郷隆盛です。

これは西郷隆盛のミニチュアではなくて、上野の西郷さんのミニチュアです。なぜなら、上野の西郷像が本人であるという確証がないからなんですね(諸説ありますが)。西郷ドンの本当の顔は写真も残っておらず今や誰も分かりません。だからあえて「銅像のミニチュア」にしたのではないかと先生は推測します。

「銅像」だから鳩もとまるし、フンも落ちたりしてるわけです。ディテールの素晴らしいところです。

石川啄木は両親から溺愛され、まわりには神童ともてはやされ育った、だから「俺って特別」という強い自尊心と王子様体質は死ぬまで変わらなかったそうです。寝転んで空想にふけるのが好きだった啄木……と、ここまできて、先生は自分を啄木に重ねられずにはいられなくなりました。
そして高山さんは、友人や家族が苦労して借りた金を惜しげもなくつかって豪遊する啄木を「バカ王子」と手厳しく評していますが、それでも見捨てられなかったのは、「人を惹きつけて愛させる才能」が備わっていたからではないかといいます。先生と啄木の違いはきっとその才能の違いですね。

これらの作品は1冊の本にまとめられ、今年の8月に「一葉のめがね」というタイトルで出版されています(クレール)。基本的に左にミニチュア写真、右にイラスト文章で偉人たちを紹介しています。最初は人生見開き2ページでまとめられちゃかなわんなあとか思ったりもしたのですが、それは全くの杞憂でした。
そうだよなあ、ニュートンだってダーウィンだって、ものすごいこと思いついたのにそれを発表したのはその何十年も先なんだよなあ、先生だってまだまだ焦ることないぞお、とかすっかり勇気をもらいました。一家に一冊あってよい本。
先生としては、ミニチュア展は全国展開してほしいし、「一葉のめがね」ももっと広く売れてほしいなあ、と思いました。いや、瀧ちゃんがそう言ってます。











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